ヒガシノメーコ記

ヒガシノメーコのエッセイや漫画。【毎週 月曜日(イラスト・漫画)】と【隔週 土曜日(エッセイ)】を更新。

元狂暴キャットが亡くなった話

2020年12月、実家の猫が亡くなった。

この猫は、うちにとって”初めての猫”であり、ちょっと一癖ある猫だった。一癖とは――…一言でいうとこの猫は「狂暴」な性格の持ち主だったのである。いや、狂暴なんて生易しい言葉では足りない、”狂っていた”といっても大げさではないだろう。そんなクレイジーな元狂暴キャットがどんな風に生き、どんな最期を遂げたのか、ここに書き記

はじまりは15年前、2006年の夏のことだ。なにやら”ミィミィ”という聞き慣れぬ鳴き声が聞こえる……と母は思った。一体どこからだろう、と疑問を覚えながらも母は家事をこなしていた。けれど、ふとした瞬間に聞こえてくるあの”ミィミィ”は母の心をどんどん不安にさせる。

「もしかして、猫の鳴き声…?」

母は庭に出て辺りを見渡したが猫の姿は見つからない。しかし、鳴きやまない猫の声は悲痛で、必死な調子がある。

ほどなくして、その猫の鳴き声がどこから聞こえてくるのかが判明した。当時のわたしの実家は坂に面した場所に建てられた一戸建てで、庭から見下ろした場所に小さな貯水池のようなものがあった。まさに、その貯水池に猫がいたのである。

 

猫は溺れていた。何か木の板のようなものに掴まり、必死に鳴いていた。母はどうしていいか分からず様子を伺っていたが、近隣住民が助けるような様子はない。そして猫の鳴き声は一晩中続いた。

翌日、意を決して母は消防団に連絡。猫を救出してくれるよう要請した。消防団はすぐに駆けつけてくれて、団員一丸となって猫を救出してくれた。鳴いていたのは小さな仔猫だった。団員はその仔猫を母の手に渡しながら、笑顔でこういった。

「はい!猫ちゃん、助かってよかったですね!」

この瞬間、母は「あ、この仔猫はうちの猫にするしかないのだ」と思ったという。救出したいという一心で、その先のことを考えていなかった母。当たり前だが、消防団の仕事は猫を救出することで、その後の猫のケアまで引き受けてくれるわけではない。一時的にでもこの猫を保護するのは必然的に母の役目になる。

 

「どうしよう…」と母は思った。その理由はいくつかある。

まず当時、実家では大型犬・ゴールデンレトリーバーの女の子がいた。以前はラブラドールレトリーバーの男の子もおり、2匹で賑やかに暮らしていた時期もあった。そしてこの犬たちはなぜだか猫が嫌いで、見つけると追い回すという習性を持っていた。だから、一時的とはいえうちに猫が来るなんて言語道断。母は頭を悩ませていた。

さらに、うちでは猫を飼ったことがなかった。なんとなくうちはずっと”犬派”な雰囲気があり、母もわたしもさほど猫が好きではなかった。そんなヒガシノ家に猫なんかがやって来て大丈夫なのだろうか…?しかし、だからといってこの弱った仔猫を野に放してやるような鬼畜の所業は許されない。

 

とにかくやるしかない、と母は家にあった段ボールの中にタオルケットを敷き、まずは猫の寝床を作った。このときの母は「正直、一日も持たないだろうな」と思っていたそうだ。一日水浸しのまま鳴き続けた仔猫だ。相当に体も弱っているだろう。せめてこの小さな命を看取ってやろうと、そういう気持ちで猫を迎え入れることにしたそうだ。

そして、この小さな猫はわたしの部屋で一夜を過ごすことになる。少し変わった作りの家だったので、スペースや部屋の配置的にもわたしの部屋がちょうどよかったのだろう。当時のわたしは高校生で、この目が黒々とした小さな未知の生き物が少しだけ怖かったけれど、とりあえず一緒に寝ることにした。

 

わたしのベッドの脇に、猫の入った段ボールがある。ウトウトしていると、”ゴソッ……ゴソゴソッ”と身じろぎする音がして飛び起きた。段ボールを覗くと、猫がいない。慌ててベッドの下を覗くと、ベッドの下の壁に面した場所で猫が丸くなりながらこちらを見ている。

「……元気な猫だなぁ~」

当時のわたしはそんな呑気な感想を抱き、再びベッドに横になった。

 

――

―――

 

翌朝、猫は元気いっぱいだった。母は拍子抜けたという。この小さな猫は死んでしまうどころか、生命力を取り戻している。そうして、ヒガシノ家の人間たちは”なんとなく”猫を飼いはじめてしまったのである。

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(救出後、うちに来たときの写真と思われる)

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(儚げな様子の仔猫だった)

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(ちなみに犬とはすぐに仲良くなった)

さて、そんな奇跡の猫チャンがどうしてクレイジーな狂暴キャットになってしまったのか…。それはこの猫がうちに馴染みはじめて、しばらくした頃のことだった。

 

「痛い!」

わたしの腕に抱かれ、頭を撫でられ、気持ちよさそうに目を細めていた猫が、急に手に噛みついた。その豹変っぷりに家族の誰もが戸惑った。この猫による”噛みつき”は誰にでも平等に行なわれた。とにかく猫は急に噛みついた。何の前触れもなく、突然、ガブガブ…と。何だか普通な感じの噛みつき方じゃない気がした。突然スイッチが入ったようにガブリとやるのである。

 

さらに、この猫がうちに来てからというもの、衣類に変な穴が開くようになった。ティッシュがぐちゃぐちゃになり、破片が散乱していることもあった。もちろん、すべて猫の仕業である。

この猫は”衣類やティッシュを食べる”という変な癖があった。無心にくちゃくちゃと口を動かしているかと思えば、そこには穴の開いたTシャツ、ボロボロになったブラジャーの紐、ティッシュの破片が転がっているのである。これは間違いなく異常な行動であり、猫がいる部屋には衣類やティッシュを置かないようにという家族条例が設けられた。

 

これはあくまでわたしの推測なのだが、これらはすべて、あの貯水池に落ちたショックや強いストレスにより生まれた行動だったのではないかと思っている。反射的に、本能的に、人の手を噛み、衣類やティッシュを食べてしまう…うちに来たのはそんな一癖ある猫だった。

 

正直母は、頭の狂った可哀相な猫だと思っていたらしい。そう感じてしまうのも仕方ないだろう。しかし、なぜかわたしはその猫を一片たりとも可哀相とは思わず「めっちゃ噛んでくるが可愛いな!」「服ダメにされたけど可愛いな!」「よく分からんがとにかく可愛いな!!」と、どんなに噛まれても可愛い可愛いと抱き上げ続け、そういう異常行動をすべて猫の個性だと思い可愛がった。これまで一度も猫を飼ったことがなかったので、猫ってこういうものなのかもしれない…くらいにしか思っていなかったと思う。

 

そうやって猫を可愛がり続けると、年を追うにつれその変な癖は段々と落ち着いていった。

 

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(最初は全然噛まなかったんですよ)

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(でもね………)

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(触れるものすべてを噛むようになるし、)

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(目に入る衣服とティッシュすべてを食べるようになります)

ただ”衣類やティッシュを暴食する”という癖は落ち着いても、”突然噛む”という癖だけは直らなかった。しかしこれは癖が直らなかったというより、単にこの猫が気難しい性格の持ち主だったから…という可能性が非常に高い。

写真の通り、この猫は成長するにつれて上記のような仏頂面をするようになっていった。体に触れるのも、いいときと悪いときがあり、悪いときに触れると容赦なく鉄拳および噛みつきという制裁を加えられる。特に爪切りなんかいつも命がけだった。もう、本当~~~~~に難しい性格の猫だった。

 

だけど、一緒に暮らしていくと、段々と猫の気持ちや機嫌の変化が分かるようになってくる。そうやって猫の気持ちを汲んで接していけば、噛まれる回数も減るし、可愛いと思えるところも増えていく。こだわりが強かったり、変わったものを好む傾向もあるけれど、きっとそれもすべて個性なのだろう。そんな癖のある猫と暮らす生活はとても楽しかった。犬を含む家族みんなで可愛がった。(そうして”犬派”だと思っていたヒガシノ家は、その後2匹の保護猫を迎え入れるほど猫チャンにハマッていくのである)

 

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(よく眠る、動きの少ない猫でした)

 

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(ソファの背もたれの上も猫の定位置)

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(この格好、好きらしい)


――

―――

 

そんな一癖あるうちの猫は、2020年12月・15歳でこの世界を卒業することになった。夏に一度熱中症になった以外、怪我も病気をしなかった健康猫だったのだが、2020年夏に突然乳癌が発見される。すぐに手術をしたものの、その癌が今度は肺に移転。高齢猫ということもあり、病魔があっという間に猫を絡めとってしまった。

 

わたしを含むヒガシノ家の子どもたちはすでに独り立ちしており、実家でこの猫と暮らしているのは母のみ。どうすることが猫のためになるのか、一番猫のそばにいた母だからこそ、判断にとても悩んだ。

ただでさえストレスに弱い猫。最初に乳癌の手術をした際、猫はこのまま死んでしまうのではないかと思うほど衰弱した。そんな猫が、点滴や抗がん剤での治療に耐えられるかどうか…。いや、副作用の強いそういった治療を猫が本当に望んでいるのだろうか?それはただ苦痛な時間を増やすだけではないだろうか?母はそんな風に考え続けた。

 

そうして最終的に母は、猫の”緩和治療”を行なうことを選んだ。現状、肺にまで広がった病魔を根絶させることは不可能に等しく、さらに病院という慣れない環境での治療は猫に相当な苦痛をもたらす。であれば、痛みや苦しい時間を減らす緩和治療を行ない、一日でも長く大好きな家で過ごせるようにすることが、猫のためになるだろうと母は考えたのだ。

 

その結果、猫はこの病魔と闘ってちょうど100日後―――101日目にこの世での役目を終え、亡き父や犬が待つ次の世界へと旅立ったのである。

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(母が送ってくれた猫の”遺影”とのこと。10月末に撮影したそうだ)


なお、この猫にはちょっとした後日談がある。それは猫が亡くなり、母と共にペット葬儀を行なったときに聞いた話だったと思う。

 

貯水池に落ちたことをきっかけに、うちの家族の仲間入りを果たしたこの猫だったが、もともとは近所の野良猫一家の一員だった。猫の両親にあたる父猫・母猫は見目麗しい美猫だったそうで、母はそんな親猫たちの姿をたびたび庭で目撃していたそうだ。

 

猫が貯水池から生還し、ヒガシノ家の一員となった数日後―――母は窓の外に母猫の姿を見つける。母猫は窓の外からじっとうちの中を見ており、しばらくすると帰っていったそうだ。彼女はヒガシノ家に自分の子が引き取られたことを理解していた。そして最後に一度だけ、子の姿を見に来たのだろう。母によると、それからその母猫の姿を見ることはなかったという。

 

この猫には、そんな小さなドラマもあったのだ。

今猫は、幼少期に生き別れた親猫たちと再会を果たしているかもしれない。そして、ヒガシノ家での暮らしのこと、特にお気に入りだったローチェアの上での寝心地の話なんかをしているんじゃないだろうか。

そんな可愛い可愛い元狂暴キャットがこの15年を駆け抜けたお話でした。

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(写真が嫌いなので、カメラを向けると耳が倒れる)

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(しつこく写真を撮ったので、このあとパンチされます)

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(おつとめご苦労様でした!)